ラスカの子育てと絵本の世界…

子育てラスカのりある

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運営者情報

 
  2019/05/09

 

見に来ていただきありがとうございます!

ラスカ(@rasuka20です。

住まい:九州在住

家族:夫・娘(6歳)・息子(3歳)・犬

趣味:音楽・映画・キャンプ・旅行・酒

幸せな時間:ひとりの時・家族といる時・連休・お昼寝

好きな動物:ペンギン

さらっとかるーく書きましたが、私がなぜブログを開設することになったのかはこちらrasukaはなぜブログを書くのか。自分の価値を書き出してみたらこうなった

をご覧くださいませ!

ブログは子育てに関することをメインに発信していきます。

私自身が悩み、乗り越えたこと、解決できたことなどを共有して、悩んでいる人の

役に立つことができたら幸いです。

子育てって深い、そして大変だけどめちゃくちゃ楽しいよね…ってことが伝わり、穏やかに

育児ができるような気持ちになれたらとても嬉しく思います。

【ブログに登場する主な人物】

私もしくはラスカ(運営者)

・夫(夫)

・まるちゃん(娘)

・すいくん(息子)

・そうた(犬)

ラスカの生い立ち

ラスカ誕生

ラスカは、九州のとある田舎で生まれ、自然の中で育ちました。

子どもの頃はよく、田んぼ観察をするのが好きで、おたまじゃくしや蛙、カブトエビなどを見つけるのが趣味のような女の子。母はシングルマザーで、兄・姉・私と3兄弟の末っ子として育ちました。

大人しめだった幼少期ですが、なぜか友達には恵まれ、友人関係の悩みは特になし!おちゃらけるけど恥ずかしがり屋という、自分でもよく分からない性格。ただ、人一倍感受性が高く、お友達が先生から怒られたり、泣いたりしていると自分まですんごーーく悲しくなっていた記憶があります。

そんなお友達を見て、内心すごく心配しているのに「大丈夫?」と優しい言葉をかける勇気がなかったことも覚えています。きっと、すごく不器用人間…。

自然に触れ合った幼少期時代から小学生になった私は

幼少期、たくさんの自然の生き物と触れ合った私は、動物や命ある生き物全般が好きだった。

迷い犬や猫を見つけては餌をあげたり、家に連れて帰ってたり。家に連れて帰った犬や猫は、ことごとく親に「うちでは飼えないから」と泣く泣く引き離すこともしていました。ただ、母も生き物を大切にするということは、長所と考えてくれていたので、強く叱られたりはしなかったのを覚えています。

でも母は「なんでこの子はこんなに生き物が好きなんだろう。私何もしてないんだけどな~」っと、私のことをすごく不思議がっていた様子。妹や弟がいなかった私は、「何かに愛情を注ぎたい、小さな弱い生き物を守ってあげたい」という気持ちが芽生えていたのかなと思います。

今でも人から引かれることがあるのですが、どんな小さな虫でも(蚊)でも、「パチン」と、できないことがあります。やんちゃで虫をいじめている男の子なんか大嫌いで、生き物をいじめる奴を見つけてはめちゃ喧嘩してましたね。

普段大人しめなのに、何かを守るという時の喧嘩は強くて、男子顔負け。正義感が強すぎてトラブルになり、母が先生から呼び出し食らうことも多々(笑)でも母はずっと私の味方でした。母はよき私の理解者であり、世界一尊敬する人物です。優しくて強い、そんなたくましい母のものとで育ちました。

中学・高校時代も、揺らぐことのない正義感の強さ

自分が傷つくより、大切な友人や家族を傷つけられることをすごく嫌っていた反抗期時代。少しでも友達をバカにされたり、家族を悪く言われると敵対心丸出しでしたね(笑)

そんなことで人とぶつかり合うことも、よくありました。その性格は今でもちょっとあるかな。自分のことを悪く言われるのは全然怒ったりしないんだけどな~。「あ、そう?」って軽く流せるのに、家族や友人を悪く言われると戦闘体勢に入ってました。

社会人になって

社会人になって、汚れた世界をよく目にするようになりました。

高級なレジャー施設で働いていた時は不倫や浮気を目の当たりにすることもあり、「大人ってほんと汚れてる」と思ったものです。

お客さんからちょっかい出されることもありましたが、顔はニッコリ、心は凍結していましたw

サービス業だとみんなそんなもんかな~と。

ただ、気持ちの切り替えは人一倍優れていて、仕事は仕事で愛想良くなんでもこなしていたので、社長や直々の上司からの評価は高かったです。「仕事では自分の感情をむき出しにしないこと」は、なぜか高校卒業の頃から自分では分かっていたので、人とうまく付き合うことはできていました。

その頃、プライベートでは飲み会やら夜遊びやらでストレスを発散できてましたからね♪オンオフの切り替えは今でも得意ですよ。

20歳から付き合った彼と、24歳で結婚

20歳から付き合った彼、私が24歳の時に県外で仕事をしたいというので、ついていくことに。人生初の同棲生活の始まりです。お互い、親も友達もいないまま、仕事が終わっては外に二人で遊びに出かけたり、2人の時間を満喫しました。そんな時お腹に宿ったのが今の娘、まるちゃん。いわゆる今流行りのできちゃった婚ですね。結果、今すごく幸せです。

ただ、悪阻がすごく酷くて、1週間で6キロも痩せました。ほんとに悪阻って辛い。経験したことのない、体調不良が私を襲い、生き地獄状態でした。その頃、広告営業の仕事をしていたのですが、毎日顧客先で吐きそうになり、車の運転もままならない状態だったので、妊娠4カ月目にして退職。それから出産までは家で1日中寝転がって過ごしていました。

悪阻は妊娠後期まで続き、陣痛の時にもマーライオン状態でしたね。ほんときつかったわ~。37時間の陣痛を得て、ようやく生まれたまるちゃんに出会った時の感動はいつまでも忘れない。

まるちゃんを出産した私の心境

まるちゃんと初めて出会えた日「絶対この子を一生守る、そして、幸せになれるような人間に私が育てる」と今でも揺らぐことのない決意をその時にしました。

が、子育てって想像以上に大変だった

そんな頑なな決意をしたのも束の間。入院中から、まるちゃんの育児に苦戦しているラスカなのでした。ワンワン泣くまるちゃん、母乳をあげても、おむつを替えても泣き止まぬ声。夜中の暗い病院の廊下で、泣きわめくまるちゃんをなだめながら「この先もこの生活が続くんだろうか、私は大丈夫なのだろうか」と絶望感に襲われたことは今でも鮮明に覚えています。

退院後も、夜泣きするまるちゃん。夜中の12時~朝の5時まで5時間抱っこで過ごしたこともあります。その日、夜の間で体重が2キロも減っていましたね。でもなんだろう、お母さんになると強いんですよね。入院中絶望感に襲われたものの、くじけることはなかったですね。

泣いてしまうと、なかなか泣き止まないまるちゃんと2人になる時間は怖かったですが、まるちゃんの笑顔は私を幸せな気持ちにしてくれました。それだけ、子どもの笑顔ってすごい影響力なんですよね。

まるちゃんが1歳になり、ワーママとして社会に出ることに

まるちゃんが1歳の誕生日を迎えた翌月。まるちゃんを保育園に預けて働くことにしました。目的はやはりお金。子どものために貯金をしたい、たくさん遊びに連れていきたい、今より生活をもっと良くしたいのが主な理由ですね。ありきたり(笑)

だけど、結果的に社会に出て良かった。運良く、私の職場は恵まれていました。人間関係も良く、人とトラブルになるような業務でもありませんし、何といってもシフトの融通が効く、子育て支援企業。パートですが採用率は低く、ガンガン落としていくような、そんな企業。

人間の質の高さから、自分自身も人間としての正すべき姿に少しは近づけたと思います。今でも続いていて、仕事に対する憂鬱感は感じたことがありません。

まるちゃんが2歳半の時、すいくんがお腹に宿る

ワーママとして働き、仕事と育児、家事をこなす毎日。忙しくも楽しかった日常です。

そんな時に、私のお腹に宿ったのが今の息子(現在3歳)すいくん。2人目の命に喜んだ私たち夫婦を横目に、まるちゃんはすいくんの存在に不安を覚え、言葉に影響が出てきました。

それが「吃音」として現れ始めたのです。

これまでの育児を改めるきっかけとなった出来事でもあります。

私は、1歳という小さな子どもでも「いけないことはしっかり教えないといけない」という考えで、今思うとちょっと厳しかったのかもしれません。

でもそれ、私は子どもの将来を考えての行動だったのですが、吃音症の子を持つ親が考えるべきことを学んだ時、私はちょっと厳しかったのかもしれないと思いました。

吃音症のまるちゃんを育てながら、すいくんの育児。精神的に辛かったあの頃

26歳くらいだったかな。まるちゃんが吃音症だと分かった時は。言葉が早く出て、2歳にしては理解力が良かったまるちゃんは、それだけに感じることも多かったのだと思います。

すいくんの育児でバタバタして、まだぎゅっと抱きしめる必要があったのに、私の生活ではそれが追い付けなかった。それでまるちゃんを不安にさせてしまったのかもしれないなと思います。

そんなまるちゃんを気にしながら、0歳児のすいくんの育児をすること、精神的に辛かった記憶があるのです。泣きながら、職場へ向かうことも多々ありました。

言語聴覚士さんに相談したり、保育園の先生に助けられたり、吃音症の子どもを持つ親向けの本を読んだり、そんな日々を過ごし、知識を蓄えた私は、とにかくまるちゃんが「幸せだ」と思えるような毎日を過ごすことにしました。躾なんて、いつでも間に合う、心の穏やかさ、楽しく過ごす毎日を過ごすことができれば、まるちゃんは幸せな人生を歩めることができるんだと。それを優先的に考え、生活することにしました。

約3年間の吃音症生活に終止符。まるちゃんが5歳になった頃、吃音症はなくなった

まるちゃんが5歳になった時、今までずっと吃っていたまるちゃんの吃音症がなくなり始めました。例え、一生吃音症でもまるちゃんを幸せにする、受け入れると覚悟していたものの、正直なところホッとしました。

やっぱり、心の底では「治ってほしい」と思っていたのかもしれない。だって、吃音症って今の日本では本当にあまり知られていないし、理解もされにくいものだから。

スラスラと話すまるちゃんが新鮮で、今では本当に普通に言葉が出ます。あの頃が懐かしいくらい。

育児を見直すきっかけとなったまるちゃんの吃音症。私の子育てを大きく変えてくれた

まるちゃんの吃音症を経て、私の子育ては大きく変わりました。

何が変わったのかというと、

・周りを気にして子育てしない

・子どもが小さな時の迷惑は、大人になってからの迷惑とはレベルが違う

・周囲を気にして子どもを抑えつける子育てはしない

・どんな時も、子どもの立場になって考える

・子どもが泣いたり、悲しかったり、伝えたいことがあるならとにかく共感する

・自己肯定感を育てることを第一優先にする

・頼られていると、私が子どもを必要としていることを伝える

・達成感、成功体験を積み重ねる

・絵本を読み、コミュニケーションを密に取る

・著しい成長過程で、メディアになるべく触れさせない

・子どもの発達を考えた生活リズムの維持

などなどです。とにかく、子どもが大人になって強い心を持つこと、自分は世の中に必要とされている、学歴、地位がなくとも幸せだと自分で思える人格に育て上げることを優先に考える子育てをしようと思いました。

なので、今最も大切に考えているのは、家族の時間を多く作り、ニコニコする時間を増やすことです。

今日より明日、明日より明後日、もっともっと笑顔になれるような子育てをしたい。そう思っています。

「子育てラスカのりある」には、世の中のお母さん、子どもがりあるに楽しめるような日常生活を過ごすための記事を綴ります

あらゆる体験で学んだことで、浅はかではなく、真の体験から「親と子どもがしあわせになれる」ような記事を綴りたいと思っています。それは、お出かけなどの楽しい記事ばかりではなく、お母さんやお父さんの気持ちに寄り添った内容、悩みを解決できるような情報を綴っていきたいと考えています。

もし、ラスカの日常や考えに興味のある方は、ブログを見ていてくださいね☆

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