2歳~5歳の3年間、吃音症だった娘と向き合って。今私が伝えたいこと

前回の記事では、2歳4ヵ月のまるちゃんの吃りとの出会い~吃音症の知識を得ていくところまでお話ししました。
今回は娘が2歳4ヵ月の時に吃音(きつおん)症に。吃りと出会い、格闘した日々について、勇気を出して今綴りますの続きをお話ししようと思います。
もくじ
吃音症の娘との生活。どんなことに気を付けていたのか
前回の記事でも語ったように、吃音症の子どもと付き合うには以下のことに注意しなければならない。
・言い直しさせない
・最後まで話を聞いてあげる
・最後まで言い切ったら相槌を打って復唱し「あなたが伝えたいことは伝わりました」という反応を見せる
・厳しくしすぎない
・挨拶やありがとう、ごめんなさいなど、強要して無理に言わせない
・親子のコミュニケーションをたくさん取る
・そのままのあなたが大好きということを伝える
特に気を付けていたことは、本人が「自分は喋り方がみんなと違うんだ」ということを意識させないようにすることでした。
だから、いくら連発して喋っていても目を見て喋り終わるまで「うんうん」とよく聞いた。例えば…
「マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・マ・ママ、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、えっとね、あああああそこに、とーとーとーとーとーとーとりさんおるよ」と娘が言うと、
「ほんとね、あそこにとりさんいたねー。可愛いねー」など。
話している間、不安な顔を見せないように最後まで聞くようにしました。
保育園の先生にも相談。対応についても協力してもらうことにした
まるちゃんは保育園に通っていたので、当然担任の先生にもそのことを伝えることに。さすが保育士さん、先生は吃音症のことを知っていて、もちろん対応方法も分かっていました。
先生はとても親身になって聞いてくれて、私も励まされることになりました。
「まだ成長過程だからそういったこともあると思います。お母さん、あまり自分を責めずに、吃音に耳を傾けるのではなくまるちゃんが何を伝えているのかに耳を傾けてやってください」「お母さんの想いはきっとまるちゃんに届いていますよ」と。
先生のその言葉で「はっ」としたと同時に、堪えていた涙が溢れ出ていました。
先生も一緒に泣いていました。そして、「ごめんなさい。私が泣いたら不安にさせちゃいますよね」と。
保護者と子どもにまっすぐに寄り添ってくれる先生がいたこと、私は一生忘れないと思います。
そして何より、「こんな素敵な先生がいる場所で過ごすんだから大丈夫」と安心し、勇気が湧いてきたのです。
私が悩んでばかりで、下ばかり向いてちゃいけない。
私が隠していてもきっと、まるちゃんには私が不安になっていることが伝わるはずだと思いました。
それまで、まるちゃんが見ていないところで苦しくなって、泣いたりすることもたくさんありましたが、自分に喝を入れました。
今になって分かる。娘の性格から見る吃音とその原因要素
吃音になる子は吃音になる性質があります。同じストレスや不安を抱えていても吃音にならない子はならない。
私はあの頃こう思っていました。
どうして、まるちゃんが?毎日絵本読んで、寝るときはマッサージをして、たくさん触れ合っていたのに。それでも愛情不足だっただろうか。私がたまに余裕のない時があるから?どうしてまるちゃんが吃音になったのだろう。どうしてまるちゃんなんだろう。
そのループから抜け出せずにいたから辛かった。
全てが私のせいなんだと自分を責めました。
吃音症の子どもを持つ親が自分を責めるということ、多いのではないでしょうか。
しかし、今振り返ると分かります。
まるちゃんの性格といくつかの要因が重なって吃音になったのだと。
【娘の性格】
・繊細
・人見知り
・恥ずかしがりやだけど人が大好き
・人の感情を読み取るのが得意(絵本の登場人物の表情なども)
・根本的にとても優しい
・穏やか
・新しい環境に慣れるのが遅い
・物事の変化に敏感
【その頃の発症要因として挙げられる出来事】
・私が2人目を妊娠していた
・保育園の一番大好きな先生が産休に入り会えなくなった
・イライラをぶつけてしまった(前回の記事にその出来事を記載)
きっと一番大きいのが、2人目の妊娠なのではないのかと思います。
びっくりなのがまるちゃん、私がまだ自身で妊娠していることを知らなかった時ずっと保育園の先生に「ママのお腹赤ちゃんいる」と言っていたそう。
それを聞いた先生が「お母さん、あのーもしかしてー…」と聞いてきたので「えっ?違いますよー」と答えていました。
その1ヵ月後くらいに、自分が妊娠していることに気づいたのです。
娘は、私も自分で気づかないくらい些細な私の変化に気づいていたのかもしれません。
まだ見ぬ存在に、小さな体が、心が、不安で襲われたのかもしれません。
まるちゃんの中で何らかの想いや不安が、言葉の変化としてでてきたのもあるのかなと思います。
まるちゃんの吃りは5歳になるまで続いた。約3年間、吃音症のまるちゃんと向き合って
「こども 吃音」で調べてみても、娘ほどひどい吃音症の子どもはいないように感じました。言語聴覚士さんが開催した相談会にも、吃りの子が数人いました。連発はしますが、まるちゃんほど何度も繰り返して言う子はいなかったように思います。
きっとひどく吃っている方なんだなと感じました。
そして、まるちゃんは吃りに波があり、私も一喜一憂することが多々。
ずっと吃っていたかと思うと、ある日突然吃りが軽減されて3ヵ月、「あぁ治ったんだ」と胸を撫でおろすと、また突然ひどく吃るといったことがたくさんありました。
これは、発達性吃りの特徴でもあるそうです。
3年間、娘の吃りと向き合う中で、家族だけではなく外での苦しいこともありました。
強く叱れないだけに、外では世間からの冷たい目を受けることも多々(何この甘い親、注意しろよ、みたいな)。
吃りのことを知らない人と接している時は、まるちゃんの前で真似されたり笑われたりすることなどありました。
まるちゃんは敏感なので、自分が笑われたり真似されたりすると喋らなくなります。なので、次第に外での口数が減るのが分かりました。
子どもが自由に言葉を発せられない環境って、吃りの子では特にマイナスなんですよね。まずいな、、、、と思いました。
だから、親しい友人には話して伝え、それ以外で私はあまり子どもを交えて友人と遊ばなくなりました。
友人だって悪気があるわけではない、まるちゃんだって悪くないのに、嫌な想いをさせたくない。まるちゃんとゆったりした時間を、家族だけで過ごすことが多かったと思います。
私はまるちゃんとのこのような経験があって、考えが変わりました。
子どもに甘い親って(限度によりますが)何らかの理由があるのかもしれません。まるちゃんが吃りだったように、もしかすると自閉症の子だったのかもしれない、発達障害の子どもだったのかもしれない。
お母さんたちは、子どものことをよく知っているからこそ、強く叱れない何かがあるのかもしれないと。それはその親子にしか分からないのです。
私は、周りの目なんか気にしていませんでした。周りには分からなくても、私にとっては、それがまるちゃんを守る方法だったから。でも、中には周りの目が気になってしまう人もいると思うのです。
もっと、子どもにも大人にも寛大な目で見れる社会になったら良いなと思います。
本当にいけないことは他人が注意しても良いんです。でも、言い方には気を付けた方が良い。子どもだから、生まれて数年しか経っていない子どもだから分からないことばかり。もし、外で何かいけないことをしているのを見かけた時は、冷たい目ではなく、怒鳴るのではなく、優しく注意してあげられる世の中になればと願います。
まるちゃんの今。完全に吃ることがなくなった
現在まるちゃんはもうすぐ6歳。今では完全に吃らなくなりました。半年以上経つかな。元気いっぱい、話すことに躊躇することなく、思ったことはどんどん発言していけるようになりました。
吃りの子を持つお母さんたちがいたらこう伝えたい。
無理に治そうとすると自分が苦しくなる。受け止められない気持ち、すごく分かります。だって、言葉って一番身近だから。もしそこで躓いたら本人が苦しいに決まっている。それを受け止めるのはそう簡単なことではありません。
でもやはり、すぐに治るものではないし、願っていても治らないものは治らない。ただただ、言葉の意味に耳を傾けることが大切なんだと。そして、どうか親子でゆったりとした時間を確保してください。のんびり、何も気にせず子どもと触れ合える時間を。喋り方じゃなく、子どもが伝えたいこと、ありのままを見てやってください。